【FP監修】年金の繰り上げは得する?損する?決める前に知っておきたいこと
年金は基本的に65歳から受給が開始されるます。ですが、いざ年金の受給する権利が決まったとき、生活の都合上もっと早くもらうことができないかなと思い悩むことがあるかもしれません。実はそんな時に使える制度として、「年金の繰り上げ受給」のいうものがあります。今回はこの年金の繰り上げについて、制度のしくみと年金を繰り上げることのメリットデメリットをご紹介いたします。
目次
年金の繰り上げとは
年金の繰り上げとは、本来なら65歳から受け取ることのできる年金を、前倒しで受け取ることができる制度です。年金の繰り上げを請求すると、60歳から65歳の間で、年金を繰り上げて受け取ることができるようになります。ただし、もともともらえる予定だった年金額から、一定の割合で年金額が減額されます。ここではまず、老齢基礎年金と老齢厚生年金の繰り上げについてご説明します。
老齢基礎年金の繰り上げ
まず、老齢基礎年金の繰り上げについてです。老齢基礎年金の繰り上げ方法には全額繰り上げと一部繰り上げがあります。この繰り上げ方法の違いは後でご説明するとして、まず絶対に知っておいてほしいことは、老齢基礎年金を繰り上げ受給した場合、一定の請求した時点に応じて年金が減額されるということです。減額率は次の計算式で求めます。
減額率=0.5%×繰り上げ請求月から65歳に達する日の前月までの月数
例えば、65歳からの老齢基礎年金が満額もらえることになっているAさんが、定年後の収入がなくなることを不安に思い、60歳から受けとれるように繰り上げ請求したとしましょう。
・65歳からの老齢基礎年金額:779,300円(2018年度の満額年金額の場合)
・繰り上げ請求年齢:60歳(減額率30%)
まずは、支給率を求めます。
100%-30%=70%
次に、繰り上げ請求後の基礎年金額を計算します。
779,300円×70%=545,510円
もし、満額年金を受けとれるAさんが60歳まで繰り上げ受給した場合、もらえる年金額が545,510円となり、この金額は一生変わることはありません。
老齢厚生年金の繰り上げ
老齢厚生年金についても繰り上げ受給することができます。60歳に達しているおり、保険料の納付済み期間が10年以上あることなどの条件を満たすことで、60歳から65歳に達するまでの間で繰り上げ受給の請求ができます。請求した場合、請求日の翌月分から繰り上げ受給の適用がなされます。また、こちらについても、減額率は老齢基礎年金の減額率と同様のものになっています。
年金の繰上げによる減額率早見表
先ほど繰り上げ受給した場合の年金額の計算の例をあげました。その際に用いた減額率は、早見表で確認することができます。早見表は請求時の年齢と月数の対応で減額率を見やすくまとめた以下の表になります。
請求時の年齢 | 0ヶ月 | 1ヶ月 | 2ヶ月 | 3ヶ月 | 4ヶ月 |
60歳 | 30.0 | 29.5 | 29.0 | 28.5 | 28.0 |
61歳 | 24.0 | 23.5 | 20.0 | 22.5 | 22.0 |
62歳 | 18.0 | 17.5 | 17.0 | 16.5 | 16.0 |
63歳 | 12.0 | 11.5 | 11.0 | 10.5 | 10.0 |
64歳 | 6.0 | 5.5 | 5.0 | 4.5 | 4.0 |
5ヶ月 | 6ヶ月 | 7ヶ月 | 8ヶ月 | 9ヶ月 | 10ヶ月 | 11ヶ月 | |
60歳 | 27.5 | 27.0 | 26.5 | 26.0 | 25.5 | 25.0 | 24.5 |
61歳 | 21.5 | 21.0 | 20.5 | 20.0 | 19.5 | 19.0 | 18.5 |
62歳 | 15.5 | 15.0 | 14.5 | 14.0 | 13.5 | 13.0 | 12.5 |
63歳 | 9.5 | 9.0 | 8.5 | 8.0 | 7.5 | 7.0 | 6.5 |
64歳 | 3.5 | 3.0 | 2.5 | 2.0 | 1.5 | 1.0 | 0.5 |
出典:老齢基礎年金の繰上げ受給|日本年金機構http://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/kuriage-kurisage/20150313.html
1941年(昭和16年)4月2日より後に生まれた人の全額繰り上げと一部繰り上げ
年金の繰り上げ受給には、2つの方法があります。1つは全額繰り上げ、もう1つは一部繰り上げです。ここでは、全額繰り上げと一部繰り上げの違いについてご説明します。
老齢基礎年金を全額繰り上げする
老齢基礎年金の全部繰り上げとは、先ほど計算したように年金すべてを一気に全額する方法です。通常年金の繰り上げはこの方法で行われるのが一般的です。0.5%×繰り上げ月数が年金額から引かれます。
老齢基礎年金を一部繰り上げする
こちらは、名前の通り、老齢基礎年金のすべてを繰り上げるのではなく、一部分だけを繰り上げて受給する方法です。繰り上げた一部分についてだけ、減額されるので、全額繰り上げをした場合よりも、年金の減額を抑えることができます。ただし、誰でも適用できるわけではなく、特別支給の老齢厚生年金の定額部分を受けとることのできる人だけが使える制度です。また、一部繰り上げの請求は、特別支給の老齢厚生年金の定額部分の支給開始以前に行わなくてはなりません。ここで出てきた「特別支給の老齢基礎年金」については後でご説明します。
1941年(昭和16年)4月1日以前に生まれた人の繰り上げ
1941年4月1日以前に生まれた人は以降に生まれた人と違う部分があります。
繰上げ請求と減額率
1941年(昭和16年)4月1日以前に生まれた人の繰り上げ請求は月単位でなく、年単位で計算されます。よって、減額率も以下のようになります。
請求時の年齢 | 減額率 |
60歳0ヶ月〜60歳11ヶ月 | 42% |
61歳0ヶ月〜61歳11ヶ月 | 35% |
62歳0ヶ月〜61歳11ヶ月 | 28% |
63歳0ヶ月〜61歳11ヶ月 | 20% |
64歳0ヶ月〜61歳11ヶ月 | 11% |
出典:老齢基礎年金の繰上げ受給|日本年金機構http://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/kuriage-kurisage/20150313.html
また、こちらも同じく、一度請求したら年金の減額率は変わることはありません。
繰り上げのメリット
さて、ここまでで年金の繰り上げ受給についての基本的なご説明が終わったことになります。ここからは、繰り上げ受給した場合のメリットとデメリットをご紹介します。もし自分が繰り上げ受給をしたときに、どういった点が得なのか損なのか見ていきましょう。まずはメリットからです。
年金の受給期間が短いことが予想される場合
繰り上げ受給することで年金の金額が減ってしまうことになるのですが、自分の家系が病気になるリスクが高い場合や短命であるといったことがわかった場合には、先に年金を受けとることはメリットにつながる可能性があるでしょう。せっかく納付してきた年金ですから、できればその恩恵は長く受けたい、でも家系から見ると早く亡くなってしまうかもしれない、こういった場合には、繰り上げ受給し早めに年金をもらうほうが、年金の恩恵を長く受け取ることができます。
仕事が見つからなくても収入源になる
繰り上げ受給のメリットの中で一般的に最も大きなメリットであると考えられるのがこの項目です。もし60歳で定年退職し、その後再就職の予定がない場合には、年金がもらえるまでの期間、収入がなくなることになります。たとえ蓄えがあったとしても、出費ばかりでは、生活に不安が出てくることもあります。こういった場合には、年金の繰り上げを行うことで安定した収入を得ることができます。
将来インフレになる場合は早めに受け取った方がお得
非常に予想しづらいことですが、今後物価が上昇し、貨幣の価値が下がることも考えられます。ですので、将来のインフレを見越して、貨幣価値が下がる前に早めに年金を受けとっておくことが得策得となる可能性はあるでしょう。
繰り上げのデメリット
次に繰り上げ受給を選択したときのデメリットをご紹介します。
年金の減額は一生続き、取り消しもできない
年金の繰り上げを請求で一般的にもっとも大きなデメリットとしては、請求すると以後の取り消しができないことです。一生減額された年金を受けとることになり、また、本来受給できる年齢である65歳になったとしても、以後の年金は減額された金額となります。老齢基礎年金の計算例でもあげましたが、もし60歳からの繰り上げ受給を行った場合、その後一生もらえる年金は、30%減額された545,510円となってしまいます。
加給年金は早くもらえない
加給年金の支払いは、基本的には65歳からになっているため、繰り上げ受給を選択したとしても、60歳から64歳の間に受け取ることはできません。もし、加給年金を当てにしていたとしても65歳からしか受け取れないことを覚えておきましょう。
※加給年金とは
要件を満たすと年金金額が上乗せされる制度です。以下の要件を満たすことで受け取ることができます。
・厚生年金に20年以上加入している。
・配偶者の年収が850万円以下である。
・65歳の時点で、65歳未満の配偶者または18歳未満の子どもがいる。
60歳以降65歳までに重い障害になった場合、障害基礎年金が請求できなくなる
障害年金は事故などのケガや病気などで仕事や生活が困難になった場合に受け取ることができる年金です。もし、繰り上げ受給を請求した後、事故などで重い障害になった場合、障害年金の請求できなくなります。
65歳になるまで遺族厚生年金・遺族共済年金が併給できない
遺族厚生年金とは、被保険者が亡くなることで残された遺族の生活が苦しくならないように支給される年金です。もし、繰り上げ受給をした後で配偶者が亡くなって遺族厚生年金を受けとる場合には遺族厚生年金と自分の老齢年金とどちらか選んで年金を受けとることになります。どちらか一方しか受給できないので、金額が多いほうを選ぶべきですが、遺族厚生年金を選んだ場合には、減額された老齢基礎年金は65歳になるまで停止されます。その後65歳になると、遺族厚生年金と併給が可能となりますがそれまで支給停止となってもらえなかったにも関わらず、老齢基礎年金は減額されたままで受取ることになってしまうことになります。
寡婦年金が支給されない
寡婦年金とは、夫が死亡した際に妻に支払われることになる年金のことをです。年金の繰り上げ受給を請求した後の寡婦年金は支払われることはなく、また、寡婦年金をすでに受給していた場合には、その権利はなくなります。
国民年金に任意加入することはできない
繰り上げ受給を請求してしまうと国民年金の任意加入や追納を行うことができなくなります。もらえる基礎年金額を増やすために任意加入で支払い期間を延ばしたり、払えていなかった分を後で追納するといった方法がありますが、繰り上げ受給をしてしまうと、その権利を失ってしまいます。
考えておいた方が良いこと、知っておいたほうが良いこと
最後に年金の繰り上げ受給をするかどうか悩んだとき、自分が考えておくと良いことと覚えておいたほうが良いことについてご紹介します。
60歳からの収入と生活費
まず、繰り上げ受給をする前に、自分の将来について落ち着いて考えてみましょう。現在の収入から定年後はどのくらい減額するのか、また、それに伴って生活費はどう変化するのか、それとも維持するのか、また、今後自分にかかってくる病気や事故に対して備えがあるのかといったいくつかの視点から60歳以降の生活シミュレーションをしてみてください。
4割近くの人が繰上げ支給を選択している?
2017年12月厚生労働省発表の「2016年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」を見ると、2016年の段階で繰り上げ受給を行っている人は34.1%となっています。全体の3割から4割近くの人が、繰り上げ受給を選択していることになります。
出典:厚生年金保険・国民年金事業の概況|厚生労働省http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000106808_1.html
60歳から繰上げ支給すると年金が3割減る?
年金の減額率は0.5%×繰り上げた月数で計算するとご説明しました。早見表を見てもお分かりいただけますが、もし、60歳時に最も早く受け取る場合には自分の納付期間によって受け取れる年金額の30%が減額されることは押さえておきましょう。
60歳の時点で判断する
自分の年齢が若ければ、将来の状況を考えるのは難しいことですね。ですが、60歳になる直前に送られてくる書類によって、年金の繰り上げ受給をするかどうか開始時期の選択を迫られることになります。今すぐにというわけではありませんが、受給開始時期までは、自身の経済状況や保険の加入状況、家庭状況、健康状態などを鑑みて判断しましょう。
特別支給の老齢厚生年金とは
特別支給の老齢厚生年金とは昭和60年の法改正に伴に年金支給開始年齢の引き上げに伴って設けられた制度です。65歳になるまでに一定の生年月日の人に対して受給される年金で定額部分と報酬比例部分に分かれています。
この特別支給の老齢厚生年金を受けとれる要件は、以下になります。
・男性:昭和36年(1961年)4月1日以前に生まれた人
・女性:昭和41年(1966年)4月1日以前に生まれた人
・老齢基礎年金の受給資格がある人
・厚生年金保険等に1年以上加入している人
・60歳以上の人
この要件に当てはまる人は60歳から65歳までに老齢厚生年金が特別に支給されます。また、以下の方に関しては、特別支給の老齢基礎年金は支給されません。
・男性:昭和36年(1961年)4月2日以降に生まれた人
・女性:昭和41年(1966年)4月2日以降に生まれた人
特別支給の老齢厚生年金の支給対象者で、繰り上げ受給ができる人
特別支給の老齢厚生年金を繰り上げ受給できる対象となるのは以下の方で、
男性: 昭和28年 (1953年)4月2日から昭和36年(1961年)4月1日生まれの人
女性: 昭和33年(1958年)4月2日から昭和41年(1966年)4月1日生まれの人
かつ、以下の条件を満たしている人です。
・特別支給の老齢厚生基礎年金の受給権利がある
・60歳以上で、特別支給の老齢厚生基礎年金の受給開始年齢未満であること
・国民年金に任意加入していない
出典:特別支給の老齢厚生年金の受給開始年齢の引上げについて|日本年金機構
http://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2014/20140527.html
よくある勘違い
年金は請求すれば受け取れるとご説明しましたが、いつまででも請求できるわけではありません。年金の基本権として、受け取る権利が生じてから5年を経過したときには時効となり権利が消滅してしまいますので注意が必要です。
まとめ
いかがだったでしょうか。65歳から受け取ることができる年金を前倒しにする繰り上げ受給について、理解していただけたら幸いです。繰り上げ受給するともらえる年金額が減額されると聞くと繰り上げするメリットはないのではと考えてしまうかもしれませんが、60歳になったとき自身を取り巻く状況によっては選択することが最善となる可能性もあります。万が一の備えとして、ぜひ年金の繰り上げ受給について覚えておいてください。